債務整理をされた体験者の声をご紹介しています

 
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研究 体験者の声  「つまづきを待ち受ける高金利の罠」
 
 
 
 
『Yさん、よく頑張った!』

有田さんの力強い一言に、私は緊張の糸が切れ、ずっと堪えていた涙が止まらなくなりました。まさか、こんな励ましの言葉を掛けてもらえるとは思いもよらなかったのです。

(「緊張の糸が切れ、ずっと堪えていた涙が止まらなくなりました」この言葉を読んで、早くも4年前になるが、電車に飛び込むことばかり考えていた3人の子供と祖母の5人暮らしを支えていた初期ヤミ金の被害者である主婦のことを思い出しました。このことは宝島社文庫の「ヤミ金融の手口」に書きましたが、あの家族今頃どうしているだろうと、今でもふと思うことがあります)

2003年8月。勤務先から1週間の夏休みをもらった私は、朝から悶々と電話との睨めっこを続けていました。 ようやく受話器を手にできたのは、もうとっくに昼を回った頃でしょうか・・・。そして私は、受話器に向かい、クレジットに関するカウンセリングを受けたい旨を伝え、2日後に事務所を訪ねるアポントを取りました。

2日後、意を決して女性自立の会のある東銀座のカウンセリングルームへ。
この時初めて、今まで誰にも話せずに、ひとり抱え込んだまま、手が付けられない程に膨れ上がってしまったクレジット・ローンの返済について、人に打ち明けたのでした。
その額は、実に1千5百万を超えていました。そんな途方も無い金額を、私は家族の借り入れの肩代わりをしたわけでも、誰かの保証人になったわけでもなく、悪質な詐欺にだまされたわけでもないのにいつの間にか遣ってしまっていたのです。私は、そんな自分を心から恥じていました。話しを聞いてもらいながらも、自分のしでかした失態に呆れられるのではないか、どんな厳しい言葉が返ってくるのだろう・・・そんな事ばかりを考えてビクビクしていました。

ところが全ての悪い予想を裏切り、最初に有田さんが掛けてくださった言葉は『Yさん、よく頑張った!』だったのです。

私は大手コンピューターメーカーで総合職として働いている30代のOLです。同世代の男性社員と同じ給料を貰っていますので、一般的な女性の年収に比べれば自由になるお金は多かったと思います。しかしそれが仇となり、クレジットカードの魔法にとりつかれた私は、自分の収入を上回る贅沢にすっかり慣れっこになっていました。

(サラリーマン、OLの多重債務への道は、入社時、銀行のクレジットカードを作らされる。 リボ払いのクレジットカードでブランド物を買い、一流ホテルのレストランでカード払いで飲食、かっこいいから。 何か金のいる事件が起こる。 クレジットカード返済のために初めてのアコムからクーちゃんのアイフルへ  300万のゴールドカードの会員となる。かくして7年経って、自転車操業がいよいよ本格化する。早い段階で対応すれば、債務整理で簡単解決、更に借金が増えていれば給与所得者再生、重すぎる住宅ローンを抱えていれば任意売却、オーバーローンなら自己破産ということです)

やがて、父が病に倒れ、私は給料の1/3を家に入れるようになります。それでも今までの生活レベルを下げる事はできませんでした。ましてや病床の父を支える母の姿を前にすれば、家に収めるお金を減らす事など考えられません。そして借りたお金を期日通りに返し続けること。それは、私にとってやらねば気のすまない事の1つでした。しかし、そんな生活がいつまでも続けられるはずもありません。



全ての事を同時にこなすには、新たな借り入れを続けるより他に方法はありませんでした。月の半分以上を返済の不安と心配に苛まれ、そして残りの半分を新たな借り入れ先を見つけるために奔走する。3日・1週間・1ヶ月先の事は考えられも、5年先・10年先の自分の将来など考える余裕は全くなく、もし自分に万が一の事があったら・・・と思っては、借り入れが完済できるだけの生命保険に加入してみたり、万一病気や事故で働けなくなったら・・・と心配しては、休業補償の保険に入ってみたり・・・と、とにかく他人に、とりわけ家族に迷惑をかけない・・・という事だけを念頭に日銭暮らしを続けていたのです。
 
 

 
いよいよ行き詰った最後の1年は、本当に自分を大切にしていなかった。 この時期、私が浪費したのはお金だけでありませんでした。自分の抱える問題と向き合いたくない。問題解決を先延ばしにしていたが為に、二度と取り戻すことのできない貴重な時間までをも浪費していたのです。

借り入れで返済のつじつまが合う間はどうしても何とかなるだろうと余りに大きくなってしまった借金の総額に目をつむりたくなってしまうのです。虚構の生活、家族に内緒の暮らし、毎日、そのことが自分を攻め立てます)

6月に支給されたボーナスは、僅か2ヶ月分の返済で跡形もなく消えてゆきました。新規の借り入も既にままならない状況です。
万策尽き果て、次の返済日にはどう頑張っても返済の目処が立たないというギリギリの所で、ようやく辿り着いたのが何度もホームページを読み返したNPO女性自立の会の扉を叩くことでした。

もう私に他の選択肢は残されていない。藁をも掴むような気持ちでした。止まらない涙をハンカチで拭いながら、私の一番知りたかったこと。この高額な借り入れの清算方法についての相談が始まりました。出来る事なら債務整理の範疇で済ませたい。けれど、私のケースでは借り入れの額が大き過ぎ、そうする事は極めて難しいということがわかりました。  とにかく次の支払いまでに意志決定をしなくてはいけない。その為にとった今年の夏休みです。夏休みが終わらない内に、私はもう1度次の相談のアポイントを入れ、そして2回目の面談の場で司法書士の先生も交えてじっくりと話し合い、選択したのが小規模個人再生の申し立てでした。  

解決方法が決まると同時に手続きを開始し、合わせて自分自身の生き方を見つめ直すことも始めました。自分ひとりで抱え込んでいた秘密をヒトに打ち明けたことで、まずは気持ちがぐっと楽になりました。そして、ひとつひとつの手続きが具体的に進んでゆくにつれ、私は元来の前向きさ、明るさを取り戻し、将来の夢を考えるゆとりが持てるようになってゆきました。  

2004年3月3日。およそ半年の期間を経て私の小規模個人再生手続きは認可・確定しました。この時の晴れやかな気持ちといったらありません。これからの3年間、私は支払いを続けてゆくことになりますが、それは過去の自分と訣別し、新しい人生を手に入れる為に必要な時間であると思っています。

今、私は『たとえ失敗しても人生はやり直せる』ということを実感しています。加えて自分をリセットし、再生するという貴重な経験により、『何かを始めるのに、今からでは遅すぎるということはない』という想いを強くしました。
私にとって女性自立の会の扉を叩くことは、簡単なことではありませんでした。消費者金融の扉を叩くのと同じくらい気の重い行為だったのです。けれど逆に考えれば、必要に迫られて消費者金融の扉を叩くことができる人なら誰でも、女性自立の会の扉を叩くこともできるのです。
 
 
 
 
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